場所の描写

 永井荷風は『墨東奇譚』のなかでこんなことをいっています。
「小説をつくる時、わたくしの最も興を催すのは、作中人物の生活及び事件が開展する場所の選択と、その描写とである。」
 デビュー作の『池袋ウエストゲートパーク』を書いていたときは、この言葉に深くうなづかざるを得ませんでした。夏の明け方の西口公園、空き缶やカップ麺の容器が散らばるロマンス通りや西一番街、世界中からやってきた街娼の立つ北口ホテル街。そうした場所をていねいに描写していると、小説の筋をすすめるよりもずっとおもしろかったのです。

『目覚めよと彼の呼ぶ声がする』(石田衣良 文藝春秋)p.123