『その裁きは死』アンソニー・ホロヴィッツ

その裁きは死』を読む。

 ホーソーン・シリーズの第2弾。今作も面白かった。

 事件自体は、殺人現場に謎の数字がペンキで描き残されていたことを除けば比較的地味でありふれた殺人事件だ。しかしなぜか物語に引き込まれていくのは、一つには作者ホロヴィッツが脚本を書いたドラマの撮影現場の話など、現実の出来事が同時に描かれているのが大きい。1作目の『メインテーマは殺人』でもホロヴィッツの現実の仕事の話が出てきたが、今作の方がそれらの出来事と事件との関わりが深くなって、どこまでが創作でどこまでが現実なのか虚々実々の物語が展開する。

 そして今回もう一つ面白いのはホームズ譚との関わり。物語は2013年で、ホロヴィッツは『絹の家』が出版され『モリアーティ』の構想を練っている最中で、ホーソーンからは『緋色の研究』の読書会に出席を乞われる。そしてこのことが物語にも関わってくる。

 解説を読むと、インタビューでホロヴィッツホーソーンのシリーズを10作書く予定だという。続編がとても楽しみである。

 

『読書嫌いのための図書室案内』青谷真未

読書嫌いのための図書室案内 』を読む。

 高校を舞台にした日常ミステリ。内容はタイトルそのままに、読書嫌いの主人公がひょんなことから「図書新聞」の復刊をすることになるという話。その図書新聞の原稿を集める間に遭遇するちょっとした不可解な出来事の謎を解いていくことになる。タイトルそのままというのは、嫌々ながら始めた図書新聞作りによって、主人公が読書に少しずつ興味を持ち始めるから。

 主人公荒坂浩二と「相棒」になるのは主人公と反対に大の本好きで、普段は目立たないが本の話をしているときだけは生き生きとする藤生蛍。この二人のどちらが探偵役かというと、読書好きと読書嫌いがお互いを補完し合って、ホームズとワトソンを入れ替わりながら謎を解いていく感じ。本に関しては藤生蛍が活躍するし、それ以外の部分では荒坂浩二が謎を解く。

 ちょっと屈折してるけどさわやかな青春ミステリ。そして出てくる小説など読みたくなる読者への「図書室案内」にもなってる。

 

 

『人生の勝算』前田裕二

人生の勝算 』を読む。

前に読んだ『メモの魔力 -The Magic of Memos-』のメモ術とは異なり、成功者前田裕二の今までの半自伝的に加え、成功者の自慢話的な印象が強かった。

後半はそれでもSHOWROOMの立ち上げ時の失敗なども書かれているのだが、特に前半はこうやって成功したという話の印象が強い。確かに少年時代から弾き語りで収入を得ようとしたとか、その後戦略的に売り上げた話とか、外資投資銀行での成果を上げた話--朝5時までに出社、電車がないから自転車で通勤、そして実際にNo.1になった--とかいう話、その事実よりそこに至る過程は確かにすごい。半自伝として読む分には面白い。

ただビジネス書としては、ものすごい熱量でひたすら努力することによって成功するみたいな話なのでもの足りなかった。逆にいえば、成功には特別な方法などはなくここまでの努力が必要なのだということなのかもしれないが。

 

人生の勝算 (幻冬舎文庫)

人生の勝算 (幻冬舎文庫)

 

 

『地下世界をめぐる冒険――闇に隠された人類史』ウィル・ハント

地下世界をめぐる冒険――闇に隠された人類史』を読む。

  都市にあるトンネルや地下道、あるいは古い時代から自然に存在する洞窟、そういった数々の地下世界の探検に魅せられた男の地下世界探究の記録。

 使われていない地下道などと聞けば興味が沸くが、実際にそこを探検するとなると泥まみれになったり、時には法律を破らなければならないとなれば二の足を踏む。そんなところへも作者は足を運び、そこで経験したことを克明に記している。その体験の合間には、文化的・歴史的な解説やら、科学的な説明、ときには哲学者や科学者の言葉で補足し地下世界の魅力を掘り下げていく。

 少年時代に自宅近くのトンネルで地下世界に邂逅したことから始まり、ニューヨークの地下鉄のトンネル内の探索や、パリの街の端から端までを地下道だけで横断した話、霊的存在のいる洞窟の訪問、地下に穴を掘ることに魅入られた人々の話、パリの地下道で迷子になったこと、ピレネー山脈の洞窟に残された1万4千年前のバイソン(野牛)像、洞窟で2カ月過ごして人間本来のリズムを調べようとしたミッシェル・シフレの話と自らも洞窟で24時間過ごした時に得た体験など、9章にわたり語られる。

 地下世界の魅力に満ちた一冊だった。 

 

 

『女帝 小池百合子』石井妙子

女帝 小池百合子 』を読む。

小池百合子の生い立ちから現在までを取材し、彼女の本質が何かを明らかにしようとする。

冒頭、自分を特定されないようにしほしいと訴える人物のことが書かれる。本書の中で知られざる小池百合子の過去を多く語る、カイロ時代に小池百合子と同居したという人物のことだ。彼女について語ることを極度に恐れ、本書でも仮名で登場する。ノンフィクションは多くの記録や証言の綿密な取材によって組み立てあげられるものなので、重要な証言者が匿名というのは弱いと思う。

本書は小池百合子のカイロ時代が一つの売りだと思うが、中盤以降はニュースキャスターになり、政治家へと転身して行く様子が中心になる。これらの証言者はもちろん匿名ではないし、新聞やインタビュー記事、書籍で確認できる事実で積み上げられている。都知事選出馬や豊洲移転問題などはわざわざ資料にあたらなくても記憶に新しい。それらの出来事を当時知っていてもその時々の断面として見ていたことに気づく。本書のように時系列で描かれると小池百合子の主張がころころ変わっていく様子がはっきりわかって恐ろしくなってくる。環境大臣時代の水俣病問題、アスベスト問題での対応などは特にひどい。そういえば本書が出版されたとき、怖い、恐ろしいという表現をよく聞いた記憶があるがそういうことかと思う。

現在の新型コロナに対する対応、会見に専門家を同席させる一方、東京アラートとか標語のプレート提示などの空疎な対策、終息が見えない段階でありながらオリンピックの中止はないと断言するなどの行動が、本書を読むといちいち腑に落ちる。

小池百合子は本書について質問されて「読み物」と一刀両断したが、むしろ「読み物」であってほしいと思えた。 

女帝 小池百合子 (文春e-book)

女帝 小池百合子 (文春e-book)

 

 

『スワン』呉勝浩

 『スワン』を読む。

 元々興味を持ったのは杉江松恋さんが紹介していたからだが、1年くらい前でどんな風に紹介していたのか全く記憶に残ってなかった。『スワン』というタイトルだけでは内容が想像できないので、あえて元の紹介記事とか確認せず読み始める。

 カバーの見返し部分には「自分は被害者なのだと思っていた。だけど、そうじゃなかった。次はわたしだ。いつか、暴かれる--。」とある。そして扉を開いた本文の前に、建物の見取り図。ミステリだろうかと思う。

 何組かの登場人物が埼玉県のショッピングモールへと向かう話から始まり、そのショッピングモールの防災センターに所属する警備員たちのことも描かれ、いよいよミステリだなと思い始めるが、そのあとの展開はちょっと唖然とするくらいの急展開。突然の無差別連続殺人がショッピングモールで始まるのだ。そしてもっと驚くのは、わずか60ページ余りで凄惨な無差別連続殺人は犯人死亡とともに終わり、物語の舞台は半年後に移る。

 話はここからが本番だった。無差別連続殺人は犯人も明らかになり終わった事件だが、不可解なある出来事について知りたいという理由で、事件に巻き込まれながら生き延びた5人の人物が会合に呼び出される。事件の日、大量殺人の裏で何が起きていたのか、だんだんと明らかになっていく。

 誰が犯人か、あるいは動機や殺人方法(トリック)は何かを探偵が解き明かして終わる推理小説とは一味違うミステリだった。

 ところで、あとから作者の経歴を確認したら、乱歩賞を受賞してデビューしていた。作者名にも全く記憶がなかったが、最近の乱歩賞受賞作を確認したらなぜか呉勝浩以降の作者や受賞作を知らなかった。その前年までは(読んでいなくても)作者名や受賞作は知ってたのだが。

スワン

スワン

  • 作者:呉 勝浩
  • 発売日: 2019/10/31
  • メディア: 単行本
 

 

『美しき愚かものたちのタブロー』原田マハ

美しき愚かものたちのタブロー』を読む。

 久しぶりの原田マハ作品。松方コレクションと国立西洋美術館の成立の背景を描く史実に基づくフィクション。さすが美術テーマの原田マハ作品は読み応えある。

 主人公の田代雄一はモデルは存在するが架空の人物らしい。名前からもわかるように、モデルは実際に田代と同じように松方幸次郎に作品の購入のアドヴァイスをし、フランスとのコレクションの返還交渉にもあたった矢代幸雄だろう。「アルルの部屋」購入のエピソードなども一致するが、あえて架空の人物にしたのは、松方コレクションに関わった人々の熱意を見てきたかのように描くためだろう。

 対して実名で登場する日置釭三郎のエピソードはフィクションを差し引いたとしても、戦争中に松方コレクションを守り抜いたのは歴史的事実で、守り抜くためには小説に書かれていたような出来事もあれば、それ以上に大変なこともあったかもしれない。それを思うだけでざわざわする。

 

美しき愚かものたちのタブロー (文春e-book)