自分で納得していないことを信じるというのは奇妙なほどむずかしい

 わたしたちが自分で納得していないことを、信じるというのは、奇妙なほどむずかしい。たとえば、シェイクスピアについては何世紀にもわたって、すぐれた人たちが賞讃してきたが、わたしは、そういう賞讃の言葉をきくたびに、「シェイクスピアをほめるのは慣習なのだ」という不信感から逃れることができないのである。「ちがう」とわたしはつぶやいてしまうのだ。わたしがほんとうに納得するためには、ミルトンのような権威が必要なのだ。ミルトンはどんなことにも左右されない人だった。そうわたしは思っている。−−そういったからといって、「法外な数にのぼるシェイクスピア賞讃が、何千という文学畑の教授たちの、無理解やまちがった理由づけの結果ではない」などと、わたしが考えているわけでは、もちろんない。

『反哲学的断章』(ヴィトゲンシュタイン 青土社)p.129〜130